住宅建築において、様々な手仕事を見える箇所に盛り込めるか考えている。今回、『篠ノ井の土蔵再生工事』では階段手摺やピクチャーレールを鉄細工で作ることにした。階段手摺は、「ゆめ舎」の向井さんに。ピクチャーレールは、向井さんのところで修行した「craf」の今村さんに依頼した。どちらも、良い出来映えで今回の建物の魅力を更に高めてくれた。


階段手摺


ピクチャーレール
どちらも、シンプルで力強く土蔵の力強さに負けず、調和している。
昨日、先ほど完成した『篠ノ井の土蔵再生工事』の写真撮影に行きました。カメラマンはいつも私の建築写真をお願いしている塩尻の清沢さんです。朝10時から、天気を見ながら内外を10数カット撮影して頂きました。フィルム装?カメラを使っていますのでモノクロポライロイド写真を先に撮り確認しながらの撮影です。結局、終了したのは午後7時半ころでした。私は図面を手書きしていますが写真もフィルムで撮っていますので全てアナログです。二人ともシーラカンスのような存在になりつつあります。出来上がりを愉しみにしています。

撮影風景
篠ノ井の土蔵再生工事も終盤に入り、急ピッチです。今日は朝から、細かな造作の打ち合わせをするため工事監理に行きました。

入り口の土縁も出来てきました。

内部の様子、一部左官工事も残っています。

合併浄化槽も設置。それにしても最近の製品は小さくなりました。
11月5日には、松本民芸家具も納品。11月7日には、オープンハウス開催予定。出来上がりが待ち遠しい限りです。
10日に安全祈願祭を行い、いよいよワイナリー工事が本格的に始まります。今日は、朝から配置のための位置確認を行いました。

トランシットを使い、位置決めをしています。
秋も深くなってきました。冬前にできるだけ基礎工事を進める予定。
本日、篠ノ井で進めている土蔵再生工事の打ち合わせがありました。工事も終盤にさしかかり外部足場がとりはずされ外観が現われました。

南側外観、腰は下見板張りで上部はシックイ塗り

東側外観、2階部分の窓回りもうまく塗り上がりました
現在は、内部造作や塗装をしています。11月初旬完成予定。見学会も開催予定。
乞うご期待!
人口減少時代を向かえ、住まいはどのようになっていくのだろうか?平成20年の総世帯数統計は500万に対し、総住戸数は5700万以上ある。既に、1割以上オーバーしている。少子高齢化は、留まる所を知らない勢いである。当然、不動産としての資産価値は下がっていく。加えて、産業構造の転換は思うように進まず、若者たちの就労問題も解決できないでいる。日本社会が抱える問題は山積みである。しかし、人間が社会的な生活を営んでいくには「住まい」が不可欠であることは言うまでもない。そして、就労による安定した生活が構築できない状況では新たな世帯のための住まいも増えていくとは考えにくい。新築着工戸数も当然ながら減少していく。100万戸を超えることなど、今後はありえないだろう。現に、今年度は80万戸位の予想である。この先、50万戸になるという予想もある。そのような時代は今まで経験したことない未体験ゾーンである。需要者にとっても供給者にとっても根本的な方針の転換が求められている。当然、住まいに賭けられる費用も下がり続けるだろうと想像される。すると、現在の住まいをどう活かすかという方向に視点が向けられる。単純なリフォームから、家族数の減少を受けての減築、あるいは用途変更などの方法が浮かび上がる。そこで問題になるのが、建築物としての安全性や性能の確保である。耐震改修の補助金も、現在の制度では使いにくいし金額も足りない。また、住宅ローンも相変わらず、新築中心でリフォームローンをもっと充実させる必要がある。このように見て行くと、人口減少時代における住まいのあり方は問題山積なのである。加えて、地球環境に対して負荷を軽減することも世界的にも求められている。私自身、政治や経済にも関心を寄せながら住まいの問題を日夜考えているが、思うように進まないのも事実である。日々の仕事に追われながらも何とかしなければならないと常に意識している。
昨日からの雨も上がり、雲まじりでしたが秋晴れの天気になりました。予てから進めてきた、青木村のワイナリー新築工事の安全祈願祭が本日行われました。午前8時30分からとのこと、7時過ぎに家を出て、8時少し過ぎに到着。皆さんにご挨拶を済ませ、準備を見守っておりました。

式典用のテントも張られ準備が着々と

私の製作した模型も祭壇脇に
準備が整い、式典に。神事が終了し、建築主の方や出席者の方からのご挨拶やお祝いの言葉をお聞きし無事、終了。出席者全員で記念撮影を行い、散会となりました。いよいよ、来年春の完成を目指し、工事が始まります。私自身も、月に何回か現場監理に伺うようになります。
建築主より、出席者にお饅頭が配られました。


色合いもお味も大変、結構でした
既存のシステムキッチンとは違う魅力に溢れた木製キッチンです。
全て、無垢の木材を使用しています。「有賀建具店」製作
維持管理と修理を行えばいつまでも使い続けられる逸品です。
『篠ノ井の土蔵』の木部着色に立ち会ってきました。染色系木材塗料にベンガラと松煙を混ぜ、古色を再現しています。

見本色を作っています。

試し塗りの様子
古材の着色のイメージは、燻した木と雑巾掛けによって創り出された色を再現することです。その建物の雰囲気を考慮し、赤みを増したり、黒みを増したりしてイメージに合う色で着色しています。
9月4、5日の開催した住宅展の様子です。カメラの接続ケーブルを落してしまい、ようやく手元に新しいケーブルが届き今頃になってしまいました。

入り口付近の様子

有賀さんのイスと木材のサンプル

私のスケッチパース

木製キッチンの写真と模型、木材のサンプル

様々な木々、まるでオブジェのようです。

有賀さん製作の小物入れです。
ご来場いただいた皆様、ありがとうございました。また、次ぎの住宅展も二人で開催しますので今回、ご来場いただけなかった方々は次回をお楽しみに。
今年の3月に知り合いの住宅雑誌編集者にお願いし、建築家の田中敏溥氏からご講演を頂いた。その際に氏より著書を贈呈された。タイトルは「向こう三軒両隣り」、子供たちに伝えたい家の本シリーズの中の1冊である。その1節に「開かれた家のこと」がある。田中氏は、「この頃目にする家は、くらしや街に対して閉じてしまった家が多くなってきている」そして「自分勝手であったり、文句を言ったり、いばったり。てんでバラバラな感じがします。」と書かれています。私自身も同様に感じています。それは、戦後の社会が大きく変化し、人々の価値観もそれに応じて大きく変わってしまったことが要因の1つではないかと考えます。そこで、田中氏がイメージする「開かれた家」について読み進めてみると、子供向けにカルタの読み札風にしてありました。
「じ」ー自由なくらしができる大らかな家。 「か」ー家族に似合ったあたたかな家。
「ば」ー場所の特徴を生かした自然な家。
「そ」ー外のつながりをたいせつにしたやさしい家。
「し」ー四季を感じる風の通るさわやかな家。
「と」ー隣の家や街に対して気配りしている家
「み」ー身だしなみを整えた美しい家。
何か、暖かな気持ちにあふれほのぼのしてきます。そして、そんな住まいに憧れてしまいます。殺伐とした、冷たい社会の中で家族の愛に包まれ暮らすことでしか心の溝は埋まりません。そして、その家族の暮らしを支えるのが住まいです。家族や住まいにあり方をもう一度、考えてみることの大切を感じ、今後の私自身の仕事にも反映しなければと思いました。
「風土」とは何だろうか?角川の国語辞典には?土地の気候や地味などの状態?とある。私は「歴史と風土に根ざした住まい造り」を提唱している。この場合の「風土」は、地域の特性を現す言葉として用いている。最近、まちづくりについての講演を依頼され、その対象地域が歴史的資産を核とする地域であったため、民岡順朗氏の新書を読んだ。そこに次ぎのような件があった。?「風土」と呼ばれるものは、このように「物質、空間、時間、わたし」が渾然と一体となった状況を示していると考えていいだろう。…一方、「物質、空間、時間の対象化」とは、本来、一体であるべき風土から「わたし」が身を引き、外側から、他人事のように「物質、空間、時間」を眺める、という状況や態度を示している。これが「近代主義」あるいは「近代思想」と呼ばれているものだ。?つまり、近代主義や思想では完全にニュートラルな立場や考え方を前提にしていくことなのである。そして、造られるものもそうした考えに基づく。つまり、「わたし」というそこで誕生し、そこで成長したオリジナルな部分を封印してしまうことで地域性や特色を無くし、風土とは関係の無いものを可としてしまう。住まいづくりにおいても同様なことが戦後、ずっと続けられ現在に至っている。地域固有の気候や素材を無視して近代主義や思想を盾に、近代建築は造られてきた。規模や用途によってはそれも致し方ないとも思えるが「わたし」が暮らす「住まい」までもそのような思想の上に立ち造られることが果たして良いのだろうか?日本の住まいは、木造が多い。材料である木材にも恵まれ、その素材を活かした工法や技術も長い時間をかけて確立してきた。ところが、昨今の住まいを見ると箱形のまるでS造やRC造で本来、造られるべき形態のものを木造で造っているものを目にする。つまり、近代主義や思想に基づき、「わたし」という個の部分、あるいは地域というものが感じられないものばかりになっている。このような状況はいかがなものかと思う。そして、このような住まいには魅力も感じないのである。「個性」というものは何か特殊な形態や色、素材で感じることも無いとは言えないが、やはり住まい手の考えや敷地の気候などの「風土性」の上に発揮され初めて「個性」と言えるのではないだろうか?そして、そのことで日本らしい住まいや地域らしい住まいが生まれるのではないだろうか?民岡さん流に言えば、「絵になる住まい」になると考えるのである。是非、「風土」と「住まい」ということを再考してもらいたいと願っている。
日本の世帯数は、いよいよ5千万戸。数年前の統計より増加している。人口減少の流れの中で不思議な感じもするが、元々の世帯から離れなければならない事情(就学や就職、未婚者)の人々が増えているのかもしれないと推測できるのであるがどうなのだろうか。いずれにしても世帯数は増加しているのである。一方、住戸は5千7百万戸に達している。既に、世帯数を14%ほど上回っているのである。理由としては、都市部や地方での分譲、賃貸物件の過剰供給や戸だてや賃貸中古物件の消極的な放置(原因は経済状態の悪化などによる)が考えられる。このような状況を踏まえ、国も中古物件の市場開拓や再構築に力を入れ始めた。日本における中古住宅市場は、住宅そのものの耐用年数やその内容に多くの問題を抱えており、簡単ではない。特に、住宅産業が経済を牽引してきた日本では耐用年数が他国に比べ低くても、建て替えが進むことで良しとしてきた事情がある。現存する古民家のような何世代に渡り済み継がれる住宅を造り、暮らしてきたその昔の日本と戦後の日本ではまったく違う社会状況や価値が存在してきたのである。新築住宅の着工戸数は年々、減少の一途を辿りつつある。今年度の予測では80万戸、この先50万戸になると予想されている。経済の長期低迷や人口減少、少子高齢化が進む現在の日本では当然のことである。このような状況が今後も続くとすれば、新築する戸数は伸び悩みストックはますます増加していくことになる。そこで、増え続ける住宅ストックをどう活かすかが目下、取り組まなければならない最優先課題となるのは言うまでもない。住宅診断を実施し、住宅ストックの市場を確立することに積極的に取り組む団体やニーズも生まれつつあると聞く。是非、しっかりした市場が生まれることを期待してやまない。一方、地方には古民家がまだまだ一定数存在している。その多くが、核家族化やライフスタイルの変化によりその存在が希薄になりつつある。広さや住宅性能などが問題になり、なかなかうまく住みこなせないという問題がある。しかし、文化的にも建築の技術的にも後世に伝えていきたい願望があることも事実である。さすれば、どうすれば良いのか?出来れば、住宅として一定のリフォーム工事を実施し住み続けて欲しいと思うがむずかしい場合の方が多いと感じている。そこで、新たな活用方法が考えられないかと思うのである。所有権の問題など、解決しなければならないことは重々承知の上で、その広さや地域資源としての価値を踏まえ、宿泊施設や店舗などの事業用にしたり公共施設にすることを提案したい。そうすることで、貴重な歴史的、地域的、文化的資源が守られるとしたら素晴らしいことである。是非、取り組んで欲しいと願っている。そして、私自身に寄せられるご相談にも提案していきたいと思っている。新たな日本の住宅産業は、住宅ストックの対策になるであろうと予測するのである。
日本には、四季折々の行事がたくさんありました。「ありました」という過去形を使ったのは現代日本の状況からそう感じているという私の思いがあるからです。行事の多くは、住まいが中心でありそのための「飾り」や「室礼」が発達してきました。それは、まるで女性が化粧して変身するかの如く住まいも通常モード(け)から特別モード(はれ)に変身し、日頃の顔ではない一面を覗かせていました。このように四季折々の行事が住まいを中心に行われてきた日本の暮らしを今一度、見つめ直し再評価しなければならないと感じています。新年を向かえるための正月飾りからひな祭り、端午の節句や七夕飾り、盆供養に夏祭り、月見や秋祭り、人生の節目での様々な行事などなど。考えてみればたくさんの行事が住まいを中心に行われてきました。日本の住まいは、日常生活と特別な行事の双方に対応するように考えられていたと言っても過言ではありません。今、日本の社会はかってないほどの多くの問題を背負っています。人口減少から少子高齢化、経済の長期低迷、貧困層の増大や格差の拡大など。人々のライフスタイルも多様化せざるを得ない状況にあります。このような時代を向かえ今一度、家族関係を見直し物心両面においても繋がりを強化することが一つの対応策ではないかと感じています。そして、その繋がりを強化するために、四季折々の行事を少しずつでも再現することで新たな展開が開けるのではないでしょうか。それには、住まいの問題も大きく関わってきます。是非、四季折々の行事が可能な住まいを今一度、再考してみるのも良いのではないでしょうか。